黄金の白山様[おうごんのはくさんさま]
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金森(かなもり)の殿様が飛騨を平定しなさったころの話やというから、今から四百年ほども昔のことじゃ。白川郷の保木脇(ほきわき)に帰雲城(かえりくもじょう)というお城があって、内ヶ島(うちがしま)という殿様があたりをおさめておった。城下には三百軒ほどの町もあって、たいそうにぎわっておったそうな。

その保木脇に武七(ぶしち)という百姓が住んでおった。武七は番持石(ばんもちいし)*1をかつがせたらかなう者がいないというほどの力持ちじゃった。

*1:[番持石]力くらべのために、持ち上げた石。

春のおそい白川郷でも、雪の下から蕗(ふき)のとうが顔をのぞかせる、三月も末のある日。

「そろそろ春になったで、冬のうちにふんごみ*2しておいた熊をとってこようかい」

*2:[ふんごみ]前もって調べておくこと。

と、大きな山槍を持ち、わらで作った雪ぐつと、はばきで足をかためた武七は、犬を一頭つれて、シッタカ谷から山へ入った。

「春先にとれた熊の胆(い)は、どんな病にでもとてもよう効く。それに、同じ重さの金と交換できるほど高く売れるんや。なんたって、金胆(きんたん)というくらいやからのう。初雪のころに熊の寝屋(ねや)を見つけて、今まで待っとったかいもあるというものじゃわい。犬をけしかけておいて、ねむけまなこではい出してきたやつを、この槍でブスッとひとつきじゃ」

わくわくしながら、そんなことを思いめぐらす武七の足どりは軽かった。

しかし、なんとしたことだろう。ふんごみしておいた穴や、木の洞(ほら)を、一つ一つさがしてまわったが、この年にかぎって一頭の熊も見つけることができなかった。いつのまにか武七は、シッタカ谷から三方崩(さんぽうくず)れ、奥三方を通って尾根づたいに白山まで来ておった。さすがにくたびれた武七は、

「こりゃあ、今日一日骨おりぞんじゃったわい」

と、白山様のお堂の前でひと休みすることにした。そのうちふと、「白山様は黄金でできておって、それはそれは、りっぱなものじゃそうな」と、以前だれかに聞いたことを思い出した。

「本当じゃろうか。もしそうなら、一度でよいで見たいものじゃ。そやけど、バチがあたるかもしれんな・・・・・・」

「おおっそうじゃ。ちょうど山の神様にさしあげる、おこぜの干物があったわい。これをおそなえするためなら、バチもあたらんじゃろう」

そーっと戸に手をかけると、どうしたことか苦もなく開いてしまった。おそるおそる中をのぞいてみると、ほの暗いお堂の中に、身の丈一尺(みのたけいっしゃく)*3ほどもある黄金のご神体が、あたりをまばゆく照らしておった。

*3:[一尺]約三十センチメートル。

「おおっ・・・・・・。これは、なんともりっぱなご神体じゃ」

武七は、ごくんと息をのんで、しばらく見とれていた。そのうちに、

「さいわい、だれも見ている者はおらんわい。この白山様をとかして売れば、二代や三代遊んで暮らしても、まだあまるほどのお大尽(だいじん)になれるぞい」

という悪い心がわいてきて、どうしてもおさえることができんようになった。初めはこわごわ、そしてだんだんと力をこめて持ち上げようとした。しかし、三十八貫*4もある大番持石さえさし上げることのできる武七が、押しても引いても、白山様はビクとも動かなかった。

*4:[三十八貫]約百四十キログラム。

日もだんだん西の方へ傾いて、あたりがまっ赤な夕焼けにそまってきたので、武七はとうとうあきらめた。そして、戸をもとどおりに閉め、郡上(ぐじょう)の高鷲(たかす)の方へ下っていった。

麓まで下りてきた時には、もうすっかり暗くなってしまっていた。しかたなく、昔からの知り合いの折立(おりたて)の弥吉(やきち)という者の家に、一晩泊めてもらうことにした。

その夜、いろりばたで火にあぶられながら、今日のできごとを話していると、そばで聞いていた弥吉の老母が、

「そりゃあ、おしいことをしたなあ。おりにも分けまえをくれれば、とり方を教えるぞ」

とホダ*5をポキンポキンと折っては、火にくべながら言う。

*5:[ホダ]燃えやすい枯れ枝のこと。

「そんなよい思案があるんなら、三分(さんぶ)はくれるわい」

「三分か。まあよいじゃろ。そんなら、こいつを持っていって白山様にかぶせてみい」

と、自分のうすぎたない腰巻(こしまき)をはずして、武七にわたした。

「こんなもんで白山様を動かすことができるのか」

「おうよ、神様はけがれを嫌うものじゃ。これをかぶせてやれば、どんな神通力(じんつうりき)も消えてしまうわい。まあ、いり豆でも食って、まめで行ってこい」

と言って少しばかりのいり豆も袋に入れてわたしてよこした。

次の日、武七は人目をさけてまた白山へ登った。教えられたとおりに腰巻を白山様にかぶせてみると、昨日のことはうそのように、雑作(ぞうさ)もなく黄金の白山様を持ち上げることができた。武七は、腰巻にご神体をくるんだまま、保木脇まで持って帰った。

しかし、このままでは銭にかえられないので、溶かして奥明方(おくみょうがた)の金山へでも売り飛ばそうと考えた。

七日七夜、武七は顔をまっ赤にして炭をくべ、ふいご*6でふいたが、どんなにしても黄金の白山様は溶けなかった。

*6:[ふいご]かじ屋などで火をおこすために風を押しだす道具。

そこで、腹を立てた武七は、白山様を庄川へ投げこんだ。

ちょうどその時じゃった。大地震がおきて帰雲山(きうんざん)が崩れ、城も、町も、すべてうめつくされてしまったということじゃ。

おしまい

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